諦めないということ

前回は、伝えることを諦めないことがコミュニケーションの鮮度を保ち、
観るものを感動させるというお話をさせて頂きました。

今回は実際に演劇の現場で起きたことを踏まえ、
「諦めない」ということについてお話します。

前回お話した営業の仕事と舞台の「諦めない」で少し違うかなと思うのは、
「同じ相手と」繰り返すという点です。

舞台の現場で体調不良で欠席する人にあったことはありません。
ほぼ毎日当然の様に集まってきます。

これが落とし穴です。

営業のようにお客さん(相手)をつなぎ留めようというエネルギーが希薄になりがちなのです。
しかし、たとえば、漠然とした「愛情」のようなものは、
相手をつなぎ止めようとするエネルギーを媒介にして伝わったりします。

観客はよーくそれを見ています。感じています。
それは日常でも行われ、というより生まれたその瞬間から行われ、
人間が本来持ち合わせている感情だからです。

ある時、ロバート・アラン・アッカーマンという演出家に教わった時に、
「諦めない」ことのパワーを間のあたりにしました。
彼はトム・クルーズやアルパチーノも演出したアメリカ演劇を代表する巨匠と呼ばれる方でした。

それは私の大好きな戯曲「橋からの眺め」の1シーンでした。
働きに出たい女の子が保護者である叔父の許しを得るシーンです。

演じた女優さんは全くの新人で、女優と言えるかも不確かでしたが、
一度シーンを見終わると、その演出家は「諦めている」と言いました。

女優さんは経験もないのでわけもわからず、
ただ言われるまま、もう一度シーンを頭から始めると、
「そこ!今、諦めた」と止められました。
「働きにださせてもらえるよう諦めるな」と。

そこで見た衝撃は忘れられません。
その経験のない女優さんは自分の演技経験ではなく、自分の人生経験を以て、
「諦めない」ことをやり始めたのです。

それは生々しく、素晴らしいものでした。
説得力がありました。

私たちは俳優はとかく先読みして諦めないことを個人で表現してしまいがちです。
しかし、観客は相手との間にあるものを観ているのです。

それに気づかされた貴重な経験でした。

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